セドナリトリート参加体験記(2004年3月28日〜4月1日)

<自己を再創造する旅>

現在は、ヒーリング英会話講師、及びエネルギーヒーラー、セラピストである私は、10年前まで、まったく違う職場にいたのが嘘のようだ。 某民放TV局のアナウンサーとして4年、記者、ディレクターとして5年勤めた後、色々な『現実』に矛盾を感じ、完璧主義、頑張り主義だったこともあって、 あっというまに燃え尽きてしまい、何の未練も残さずに、憧れだった職場を後にした。
過労が原因の腰痛を気功で治したことなどもきっかけとなり、私はそれ以降英会話を教えながら、静かに毎日、己とは何か、人間とは何か、 何のために生きるのか、などを考え、瞑想し、むさぼるように本を読み、貯金を取り崩してワークショップなどに通い始めた。前の職場から、 戻って来ないかとお誘いを受けても、まったくその気は起きなかった。マスコミ業界というより、 もう、社会システムそのものに適応する自信も興味も無くなってしまっていたのだ。
「神との対話」シリーズと出会ったのは、Book 1の日本語版が出て間もなくの頃だった、と記憶している。 ヒーリングやセラピーなどスピリチュアルな勉強を始めてすぐだった。たちまち、私が抱いていたさまざまな疑問や矛盾点が、 まるで子供に優しく言い聞かせるように次々と解き明かされ、私は本当にこの出会いとタイミングに感謝すると共に、 私が私であるために好きなことをしようという勇気をもらって、わざわざ渡米してのヒーリングの勉強を続けることができたのだった。
同時に日本で、「神との対話」を教材として、ヒーリング英会話教室なるものを大人の女性対象に始めた。 あまりにも深遠な真実が、あまりにも優しい言葉で語られるニールの本は、英語の教材としても第一級品なのだ。 今、年配の女性達がこの本を通じてどんどん解放されていく様子を分かち合えるのが何よりの喜びになっている。 一方でヒーリング学校も無事卒業し、ヒーリングやセラピーも副業として始めた。
そんなこの数年間で、インターネットが普及し、CWGサイトが出来、MLに登録し、折に触れてチェックしている中で、ニール氏主催のセミナー、 レクチャーなど行きたいと思うイベントの情報がどんどん入ってくるようになり、いつか行こう行こうと思いながら、なかなかチャンスが見出せずにいた。 前述の生徒さん達にも、早く行ってニールさんに会って来て、と言われ続けていた。
ヒューマニティ・チームの発足や、去年のポートランドでの会議の様子などもサイトで見ながら、ああ、どんどん活動的になっているんだ、と、 自分も長年見つめ続けてきた立場として何かの形で関わりたいと、思い始めると同時に、正直言って、 スピリチュアルなものでそんなに活動的になる必要があるんだろうか、組織が大きくなっていって、これまでの新興宗教と同じ道をたどってしまうのでは、 などの疑問も持ち始めたりしていたのも事実だ。
そんな風に感じる背景にあったのは、私自身が、様々なセラピーや個人的リーディングなど受ける度に私のギフト(資質)は人前に立つことや教えること、 そしてリーダーシップだ、と言われていて、そのくせマスコミで燃え尽きたことがトラウマになっていてそういうものすべてが虚だという思い込みがあり、 それらすべてから、つまり自分自身の姿から逃げるようにヒーリングをしていた部分があったのだ。
それを思うと、ニールの活動やプログラムが実は、今の自分に一番合っているものなのではないか、という声も自分の中で聞こえ始めていたのだが、 同時にまだくすぶる「恐れ」が私の行動を止めてもいた。
でも、ニールのリトリートのタイトルは、「Re-creating yourself(自己を再創造する)」。
そのタイトルを見て以降、私はとりあえずオレゴンで開かれる彼のリトリートに行ってみたい、と強く思い始めた。が、去年は、私自身が病に倒れて手術、 入退院の日々となってしまい、結局チャンスがないままだった。
ところが今年になって、ふとサイトをチェックしてみると、そこにはSedonaの文字が…セドナ。そう。ヒーラーなら一度は行ってみたい、 憧れの世界有数のエネルギースポット。旅好きでもあり、アメリカに定期的に通っていたにも関わらず、何故かまだ訪れていなかったのだ。
私の中で、セドナのヴォルテックスとニール氏が強烈に結びつき、まるでニールがヴォルテックスの中でぐるぐる回転しているような、 ものすごいイメージが膨らみ始めた。行きたかったもの二つがセットになって現れてしまったのだ。気がつくと、もう何も考えずに予約をしていた。
そして、後は、まさに「呼ばれて」いたかのようにすべてが滞りなく進んだ。仕事も支障なく休めることになり、航空運賃もマイレージを使って無料になるなど、 驚くようなシンクロニシティの連続となり、ああ、やはり今回私は行くことになっている、とても大きな転換期になるのだ、と行く前から、 はっきりと確信していた。
セドナにはリトリート開始の二日前、金曜の夜に入った。フェニックスからバスで二時間半、夢でも何度も見た、赤い山々が見えて来た時、 すでにものすごいエネルギーパワーを感じていた私は、セドナに来られただけでももう充分満足、という状態になっていた。
時差調整も兼ねて、(でも実際、不思議なことにまったく時差ボケがなかったのもセドナパワーかも)さまざまなセドナエネルギーを満喫する時間を二日間過ごし、 いよいよニールのリトリートだ。
  <「重大な岐路へようこそ」>
最初のセッションは日曜の夜にスタート。参加者総勢68名が座って待っていると、程なくニールがやって来た。
初めて見たニールは、予想通り大柄の、荘厳な、それでいてとても親しみのある笑顔と数倍に膨れ上がって見える重厚な輝きをたたえたオーラを放っていた。 今生では初めての、物理的「再会」に、私の胸は感動で震えた。
セッションは、まず専属アーティストのダンとキャシーの美しい歌声で始まった。その歌を聴いている間、ニールはにこにこと参加者一人一人の顔を見ていたが、 終わって、第一声を発する頃には、彼の目からは大粒の涙が流れていた。
一人一人の中に人間の愛しさと神との両方を見ているかのように…救いを、希望を、勇気を、確信を見出したかのように…ふりしぼるように彼は声を出した。
「Welcome to the crossroads…人類の岐路へようこそ…」     これが彼の第一声だった。
それを聞き、私も含め大勢がすすり泣いていた。痛いほど、私達はすでに共感の波の中にいた。人間は、今まさに分岐点にいる。どちらを選択するか、それは、 我々一人一人の選択にかかっているのだ。
その後の4日間、合計5日間にわたるリトリートの内容については外に出さないことになっている。秘密主義ということではなく、 参加者一人一人が100%心を開いてのぞむため、そこで交わされた会話や内容については口外しない約束をあらかじめ皆で交わしているのだ。 しかし、文字通り涙あり、笑いあり、素晴らしく濃厚な時間の連続だった。
朝は、一時間、Dan Hak(丹学)と呼ばれる韓国の気功にあたるエクササイズで始まる。これがまた気持ちよかったこと!一日座ってセッションに参加する 日々だったので、これはとても良いプログラムだったと思う。
セッションのスタイルは、いわゆる「コーチング」というものが主になっているがそれ以外にもさまざまなエクササイズやシェアリングがある。 朝から晩までぶっ通しで、ニールと、他の参加者の皆と一緒に、それぞれの人生や問題点や、感情をほとばしらせて、自分自身と向き合うのだ。
驚いたのは、私の予想では、これまでのさまざまな場所や団体での経験からして、ニールほどの『ビッグ』な人になると、 参加するのは最初と最後だけでないかな、と思っていたのだが、とんでもない。ほとんどの時間、68名をグループ分けすることもなく、 ニールと我々は常に接し続けていた。誰かが違う席に座っただけでも気づくほど、彼はすべての参加者に注意を向けていた。感情的な時間だけでなく、 ユーモア大好きなニールの好みのジョークの放出も多々あって、あっという間に日々は過ぎていった。
どんなワークショップでも、セラピーでも、リトリートでもそうだが、その主催者やリーダーだけでなく、参加者との不思議な縁もとても大きい。 お互いのストーリーや挑戦や痛みを聞きながら、いつしか自分自身もとても大きな変化の波にいることがはっきりとわかってきた。
  どのように、自分を再創造するのか?
  これから、自分はどのように「自分」であり続けるのか?
そんなことを日々問いながら参加している私の目にもっとも強烈に映ったのは、自分自身を全身全霊で表現している、 ニール・ドナルド・ウォルシュ氏の姿そのものだった。
前述のように、私はマスコミにいた頃、いわゆる「著名人」やリーダーと呼ばれる人々にたくさん会った経験から、彼らの多忙さや、『超』がつくような著名な人、 については、どんなにそのメッセージ性が素晴らしくても、実際会ってみると……?な場合が多いことを知っていた。 その中には「スピリチュアル」と言われる人々もいて、ある意味、それは人間として当然なことだと思っていた。
ところが、もう充分世の中に貢献したというのに、まだ新しい本を書いている途中であるというだけでなく、この先の予定も、 世界各国での講演やワークショップやヒューマニティ・チームの活動などで気も狂わんばかりの忙しさのはずなのに、 ニールはリトリートに来た私達と向き合うために貴重な時間を惜しみなく費やしているのだ。彼は一体、どうやって時間のやりくりをしているんだろう。 そんなことを、何度も参加者の人達と食事の際などに話題にしていた。
この人は、一体なんでこんなに一生懸命なんだろうか。この人は、一体なんで、こんなに「人間的」なんだろうか。自分の欠点や弱点をみなの前でさらけ出し、 それを自ら認め、代わりに目の前の人の中にあらゆるリーダーシップの可能性を見出し、励まし、愛で包む。
きっとこの人は、本気だからなんだ。この人は、世界平和や、人類の未来や希望や、愛や、新しい霊性を説く時、本当に、本当に、本気で、 やろうとしているからなんだ。
あんなにたくさんの、世界中の人々の人生を変えるような、人類を、地球を変えるような素晴らしい著書を書いたのに、 なおも目の前の一人一人と人間として向き合おうとしているのは、本当に一人一人の変化、気づきが世界を変えるから、なんだ。
断っておくが、「神」についての素晴らしい本を書いたからといって、その著者やグループを崇拝したりする思考は私にはない。そうではなくて、 私が感動したのは、自らの意志で「崇拝されようとしない」ニール氏の、限界を超えて挑み続ける人間としての、「不完全な完璧さ」を持つ一人の人間の、 真摯な生き様だったのだ。
<新たな自分との出会い>
そんなニール氏を始め、参加者やスタッフ全員のおかげで、リトリートも終わりに近づく頃、私の中に「なりたい自分」の像、いや、 「忘れていた自分」の像が見え始めた。
私は今まで、100%の自分を表現して生きてはいなかった。何もないと思い込んできた私にも、たくさん表現するものがあるではないか。 私が本当にやりたかったことがあったではないか。
突然、私の中に、10代の頃に書いた詩が蘇った。
      人がいて 人がいて 繋がりがある
      笑って 笑って 世界が一つになる日のために
      私は 強い橋に なりたい
私の意識は、いつのまにか、その頃の、夢いっぱいの自分に戻っていたようだった。大人になるに連れて夢が冷め、 そしてマスメディアの中で見た『現実』というものゆえに失望に繋がっていった、あの時をはるかに遡って、もう一度、 本当の自分自身にできることを考えてみようじゃないか。そして、本当の自分の現実を創っていこうじゃないか。
不思議なことに、以前の私ならそんなことを少しでも考えたらすぐに面倒くさくなり、そんなことよりも今はリラックスしてゆっくりと幸せな時間を過ごそう、 っていう反応が出てきた私だったのにまるで、何かがすっきりと取れたかのように、そんな私の新しい思考や感覚を止めるものは何も出て来なかった。
私にできることをしたい。 残された私の時間、私の使命があるならば、それをちゃんと果たしていきたい、そんな思いが、いつのまにか、 静かに私の全部を満たしていたのだ。の詩を書いた時の私のように。
リトリートの前に、「セドナのヴォルテックスの一つに、デジャヴ(既視感)を起こさせるものがあるから、後でそういう体験が起きるかもしれないよ」、 と現地ガイドの人に言われていたのだが、見事に、このリトリートとそれが重なったようだ。
最後の夜、私はその素晴らしい気持ちを分かち合いたくて、また、日本で私の生徒である多くの女性達が、 自由に生きることができるようになってどんなに感謝しているかを伝えたくて、68名全員がいるところで立ち上がり、ニールへの感謝と、 これから自分がどうありたいと思っているかについて語った。
実は、アナウンサーの経験がありながら、人前で喋ってまったく上がらなかったのは人生で、この時が初めてだった。
不思議だった。まるで何かが「降りて」来たかのように、(実際降りて来ていたと思う。)ハートを全開にした状態で、静かな自信を持って、台本でもなく、 ニュース原稿でもなく、司会進行でもなく、自分が本当に言いたいことを、その場のいる人全員への感謝の気持ちを込めて愛の状態で、話すことができたのだ。
これは、私にとって、まったく初めての「私」との対面でもあった。
そして話し終わった後に、奇跡は起きた。私はこのためにこのリトリートに来たのだ、ということがはっきりわかった瞬間が訪れたのだ。
話し終わると、会場は大喝采の拍手。私自身も感動で震えながら皆を見渡すと、何人もの人が涙を流している。そして驚いたのは、ニールも胸に手を当てながら、 涙を溜めていたことだ。具体的にどんな話をしたのか、あまり覚えていないのだが、やはり何かが「降りてきていた」のだろう。ちょっとびっくりしていると、 もっとびっくりすることをニールが静かに言った。
「いや〜本当に、宇宙には偶然はないね。君は日本から来たんだよね?驚いた。完璧なタイミングだ。まさに君のような人を待っていたんだよ。 私達と日本の間に入って架け橋のような役目ができる人を待ち望んでいたんだ。その役目を引き受けてくれるかい?私と一緒に仕事をしてくれるかい?」
会場は再び、大きな拍手でいっぱいになった…。
  <みんなが自分自身のリーダー>
かくして、私にとってのRe-creating myself、自己の再創造は、このリトリートで「成し遂げられた」というよりも、ここで確かに「始まった」のだ。
後で、参加していた人達に言われたのは、あの時、皆「一人の人の人生が一瞬にして変わる瞬間を見た」と思ったそうだ。私が今後何を選ぶにせよ、 あの瞬間は、私が、それまで否定してきた自分の中の『私』を肯定した瞬間だと。
家に帰ってから、現像した写真の中に、友人の一人がすっとんきょうな声を上げた一枚がある。リトリートの最終日にとった写真だ。
「こんな貴女、初めて見た!10代の顔をしてるよ!」
へぇ〜ニールのリトリートって若返り効果…?いやいや、冗談はさておき、ある意味、そうなのかもしれない。 それまでの、傷や痛みを癒す様々なプロセスを経て、ようやく参加した今回のリトリートでは自分のギフトを送り出す許可を与えて、 自分という花を再び咲かせる決心をすることとなった。100%の自分になること、100%自分でい続けること、 それこそが自動的に自然に世の中に「与えていく」プロセスであり、エネルギー溢れる状態を創るのだ、と。
それを、不可能ではなく、可能だと確信することができた、このリトリートは確かに私の今生での生まれ変わり地点となったような気がする。
  そう。すべては、自分の選択が導くもの。だから、私達は皆、自分自身の人生のリーダーなのだ。
すなわち今の、人類全体の分岐点を、人類全体の生まれ変わり地点とすることも、私達一人一人の選択から始まる、ということなのだ。 あるべき時に あるべき姿で 選択することへの信頼が 大きな流れへと導いていく…すべての人生の出来事とすべての人に感謝しながら
2004年4月23日
横浜の自宅にて

早川映子