国際会議リポート
京都GC会議とニール来日特別講演を終えて
(HTジャパン・初代カントリーコーディネーター 早川映子)
2006年3月25日から2006年4月2日まで、日本の京都、聖護院にて、
HTジャパン主催のヒューマニティチーム・グローバル・カウンシルミーティング(世界代表者会議)と、
直前になって急遽決定したニール氏の特別講演が行なわれました。
発足後わずか2年足らずのHTジャパン`に、こんなことができたのは、どう考えても、
宇宙の流れ、偉大な力との共同創造でありそれを可能にしたのは、一人一人の強い意志とコミットメントでした。
この、かけがえのないイベントを少しでも記録に残しておきたいと思います。
HTジャパン主催のヒューマニティチーム・グローバル・カウンシルミーティング(世界代表者会議)と、
直前になって急遽決定したニール氏の特別講演が行なわれました。
発足後わずか2年足らずのHTジャパン`に、こんなことができたのは、どう考えても、
宇宙の流れ、偉大な力との共同創造でありそれを可能にしたのは、一人一人の強い意志とコミットメントでした。
この、かけがえのないイベントを少しでも記録に残しておきたいと思います。
【GC会議とは】
2003年6月にニール氏の呼びかけに応じて立ち上がった世界各国の代表が年に一度、世界のどこかに集まって、
その国や文化におけるヒューマニティチームや「新しい霊性」の普及について、意見や情報を交換し、
絆を確認しあうイベント。
国や文化を超えた繋がりを、オンライン上だけでなく、実際に物理的に体験するための実践が、
このグローバル・カウンシルミーティング(=GCミーティング)であり、ヒューマニティチーム活動の根幹とも言える
重要な会議。各国代表は、それぞれ財政を駆使し、多くが自腹やカンパ金によって会議に出席します。
その国や文化におけるヒューマニティチームや「新しい霊性」の普及について、意見や情報を交換し、
絆を確認しあうイベント。
国や文化を超えた繋がりを、オンライン上だけでなく、実際に物理的に体験するための実践が、
このグローバル・カウンシルミーティング(=GCミーティング)であり、ヒューマニティチーム活動の根幹とも言える
重要な会議。各国代表は、それぞれ財政を駆使し、多くが自腹やカンパ金によって会議に出席します。
【発端】
2004年6月、HTジャパンの日本で最初のスタディグループが開催された際、発足当時の中心メンバー数人と
「いつか、HTの世界会議を日本で開けたらいいね」とか、
「いつかニールがHTのイベントだけのために来日してくれたらいいね」と、遠い遠い先の夢の話をしているような
感覚で言っていたのを、まるで昨日のことのように憶えています。
(それがまさか二年後に両方ともいっぺんに実現するとは、この時に想像できるはずもありません!)
私自身、半年後にカントリーコーディネーターとしてトルコでの世界会議に出席した後でさえも、日本はまだまだ、
その準備はできていない、と感じていたのです。
ちょうど発足1年後の、2005年6月。HTジャパンの強力メンバー、HT京都のあきこさん達と共に、
私にとっては二回目のGCミーティングでありHT世界会議開催場所のニューヨークに行くまでは…
2004年6月、HTジャパンの日本で最初のスタディグループが開催された際、発足当時の中心メンバー数人と
「いつか、HTの世界会議を日本で開けたらいいね」とか、
「いつかニールがHTのイベントだけのために来日してくれたらいいね」と、遠い遠い先の夢の話をしているような
感覚で言っていたのを、まるで昨日のことのように憶えています。
(それがまさか二年後に両方ともいっぺんに実現するとは、この時に想像できるはずもありません!)
私自身、半年後にカントリーコーディネーターとしてトルコでの世界会議に出席した後でさえも、日本はまだまだ、
その準備はできていない、と感じていたのです。
ちょうど発足1年後の、2005年6月。HTジャパンの強力メンバー、HT京都のあきこさん達と共に、
私にとっては二回目のGCミーティングでありHT世界会議開催場所のニューヨークに行くまでは…
【宣言】
ニューヨークでは、HT各国代表者会議の他に、世界中のHTメンバーが集う、HT世界大会が開催されたため、
HT京都のリーダー業務をはじめ、HTジャパン設立当初からのHTにコミットした重要なスタッフでもある、
あきこさん達もオブザーバーとして参加してくれました。
しかも、その直前に、京都に、「HTセンター」をオープンしてくれていたのです。
すべては繋がっているもので、ニューヨークに出発する前に、天河でリトリートを開催していなかったら、
そしてその帰りに京都のHTセンターに寄っていなかったら、その後の展開にはなっていなかったことでしょう。
でも、寄ってしまったのです…!
そして、その広さが、ちょうど、トルコで会議室に使っていたホテルのダイニングルームと重なり、
私は思わずあきこさんに聞いていました。
「ねえ、ここって、30人くらいなら入るよねぇ?」
まだそれほどセンターを使用していなかったあきこさんは、その時点では無理じゃないかとも思ったようですが、
どちらにしても、私もまだこの時は冗談レベルで、世界のHTの皆がここに来れたらいいね…という、
可能性にちょっと触れてしまっただけでした。
それでいて、すでに私の中には、遠い夢のこととして思い描いていた当初から、日本の古都としての京都、そして、
HTジャパン発足時からの強力チームであるHT京都が重なって、もし実現するなら、京都で、という漠然とした感覚が
あったのは事実です。
そして、2005年6月のニューヨークでのHT世界会議中のこと。
参加していた他の国の代表や、ワールドワイド(世界運営本部)のメンバーが私達が行なった日本のプレゼンテーションを見て、
「日本に素晴らしいエネルギーを感じる。次は日本で開催したらどうか」と言い始めたことから、それが突然、
現実味を帯びた可能性に激変したのです。
これはもう、なんとも理屈では説明できない流れでした。
また彼らは何よりも、自らニューヨークまでオブザーバーとして参加しに来てくれた、京都のあきこさんの熱意と
コミットメントに感動し、日本の古都・京都という土地柄にも大変興味を示してくれました。
おりしも関西国際空港への各国からの便も充実してきたタイミングもあって、GC京都開催が、いっきに具体的に見え始めました。
NYでの会議最終日、話題は次回のGCミーティングホスト国のことに移り、「現時点でホスト国立候補を考えている国は挙手を」
と言われました。
その時、私は後方でオブザーバーとして座っていたあきこさんと、よくテレビで国際会議の場面で見るような、耳打ち、
手書きのメモのやりとりなどをして気づいたら、「日本は立候補します」と、手を挙げていたのでした…
そして、その場の全員に拍手され、世界の代表達に声援を送られたのでした…
いくら私でも、そこに京都のあきこさんが参加していなかったら、その場での立候補など考えなかったことでしょう。
ここでもまたすべてが必然でした。
ニューヨークでは、HT各国代表者会議の他に、世界中のHTメンバーが集う、HT世界大会が開催されたため、
HT京都のリーダー業務をはじめ、HTジャパン設立当初からのHTにコミットした重要なスタッフでもある、
あきこさん達もオブザーバーとして参加してくれました。
しかも、その直前に、京都に、「HTセンター」をオープンしてくれていたのです。
すべては繋がっているもので、ニューヨークに出発する前に、天河でリトリートを開催していなかったら、
そしてその帰りに京都のHTセンターに寄っていなかったら、その後の展開にはなっていなかったことでしょう。
でも、寄ってしまったのです…!
そして、その広さが、ちょうど、トルコで会議室に使っていたホテルのダイニングルームと重なり、
私は思わずあきこさんに聞いていました。
「ねえ、ここって、30人くらいなら入るよねぇ?」
まだそれほどセンターを使用していなかったあきこさんは、その時点では無理じゃないかとも思ったようですが、
どちらにしても、私もまだこの時は冗談レベルで、世界のHTの皆がここに来れたらいいね…という、
可能性にちょっと触れてしまっただけでした。
それでいて、すでに私の中には、遠い夢のこととして思い描いていた当初から、日本の古都としての京都、そして、
HTジャパン発足時からの強力チームであるHT京都が重なって、もし実現するなら、京都で、という漠然とした感覚が
あったのは事実です。
そして、2005年6月のニューヨークでのHT世界会議中のこと。
参加していた他の国の代表や、ワールドワイド(世界運営本部)のメンバーが私達が行なった日本のプレゼンテーションを見て、
「日本に素晴らしいエネルギーを感じる。次は日本で開催したらどうか」と言い始めたことから、それが突然、
現実味を帯びた可能性に激変したのです。
これはもう、なんとも理屈では説明できない流れでした。
また彼らは何よりも、自らニューヨークまでオブザーバーとして参加しに来てくれた、京都のあきこさんの熱意と
コミットメントに感動し、日本の古都・京都という土地柄にも大変興味を示してくれました。
おりしも関西国際空港への各国からの便も充実してきたタイミングもあって、GC京都開催が、いっきに具体的に見え始めました。
NYでの会議最終日、話題は次回のGCミーティングホスト国のことに移り、「現時点でホスト国立候補を考えている国は挙手を」
と言われました。
その時、私は後方でオブザーバーとして座っていたあきこさんと、よくテレビで国際会議の場面で見るような、耳打ち、
手書きのメモのやりとりなどをして気づいたら、「日本は立候補します」と、手を挙げていたのでした…
そして、その場の全員に拍手され、世界の代表達に声援を送られたのでした…
いくら私でも、そこに京都のあきこさんが参加していなかったら、その場での立候補など考えなかったことでしょう。
ここでもまたすべてが必然でした。
【正式立候補〜そして準備委員会結成】
帰国後、私とあきこさんが、出発前には誰も話題にもしていなかったGCミーティング開催国として立候補する意思を
リーダーズコミュニティで報告した時、きっと誰も何のことを言っているのか、また何よりも、なぜそれをしたいのか、
ぴんとこなかったようです。
無理もありません。当の本人達も半分わけがわからないまま走り出した列車に気づいたら乗ってた、という感じだったのですから。
正式立候補締め切りまであと1ヶ月しかない中、言いだしっぺの私とあきこさんとで早速、立候補の条件を満たすための
会議開催会場となるホテルと会議室を必死で探し始めました。
それも、各国CCともぎりぎり自腹での出席であるため、これまでの会議開催の実績からしても激安のホテルでなくてはならず、
交通の便がよく、外国人も問題なく快適に滞在できる、などの条件を満たす場所ではなくてはなりませんでした。
これまでの相場からして、一泊3食付6000円前後のところ、同じ場所か近くに会議室があって…
などの条件を満たすところは日本の、それも桜のシーズンまっさかりの京都ではなかなか見つかりませんでしたが、
ある時ふっと、それまでネット上で存在は知っていても見ようとも思っていなかった、「豪華」な老舗旅館に目が行き、
何かに呼ばれるようにしてクリックしたのが、今回の会場となった素晴らしい夢のような旅館、「聖護院・御殿荘」でした。
そこは写真を見るだけで素晴らしい波動が伝わってくる美しく由緒ある老舗旅館でありながら、
修学旅行生や研修合宿などのための格安プランがあり、大浴場が男女それぞれ4つ、庭にある足湯が無料、会議室も無料、
など信じられないほど嬉しいことがたくさんあり、実際に確認しにいってくれたあきこさんも、大興奮して、
「もうここしかないです!」と言ってくれ、日本はなんといっても、宿が高いのが何につけてもネックになるので
宿が見つからなければあきらめることも考えていたところに、この夢のような旅館との出会い。
しかも、いつか夢に見た通り、会議の季節は春、桜の季節。
そしてこの旅館の庭の真ん中には巨大な桜の古木が…
ここから、京都GCは一気に現実化に向けてどんどん勢いが増し、流れが始まったのでした。
立候補してからワールドワイド内で色々とあったために、
決定まで時間がかかり実際の準備開始は相当遅れることに
なりましたが、立候補3カ国の中で多数票を集めて日本は正式に、開催国決定。

早速、リーダーズ内や日頃活動に参加してくれている人などを含めて急遽協力者を募り、
京都(関西)と関東のメンバーを合わせて、ヤフーグループを使ってネット上に「京都GC準備委員会」を
設置したのはすでに12月に入ってからでした。
会議開催まであとわずか3ヶ月あまり!!
HTジャパン始まって以来の大イベントは、呼びかけに応じてこの委員会に入ってくれた、
総勢18名のメンバーによって準備がスタートしました。
帰国後、私とあきこさんが、出発前には誰も話題にもしていなかったGCミーティング開催国として立候補する意思を
リーダーズコミュニティで報告した時、きっと誰も何のことを言っているのか、また何よりも、なぜそれをしたいのか、
ぴんとこなかったようです。
無理もありません。当の本人達も半分わけがわからないまま走り出した列車に気づいたら乗ってた、という感じだったのですから。
正式立候補締め切りまであと1ヶ月しかない中、言いだしっぺの私とあきこさんとで早速、立候補の条件を満たすための
会議開催会場となるホテルと会議室を必死で探し始めました。
それも、各国CCともぎりぎり自腹での出席であるため、これまでの会議開催の実績からしても激安のホテルでなくてはならず、
交通の便がよく、外国人も問題なく快適に滞在できる、などの条件を満たす場所ではなくてはなりませんでした。
これまでの相場からして、一泊3食付6000円前後のところ、同じ場所か近くに会議室があって…
などの条件を満たすところは日本の、それも桜のシーズンまっさかりの京都ではなかなか見つかりませんでしたが、
ある時ふっと、それまでネット上で存在は知っていても見ようとも思っていなかった、「豪華」な老舗旅館に目が行き、
何かに呼ばれるようにしてクリックしたのが、今回の会場となった素晴らしい夢のような旅館、「聖護院・御殿荘」でした。
そこは写真を見るだけで素晴らしい波動が伝わってくる美しく由緒ある老舗旅館でありながら、
修学旅行生や研修合宿などのための格安プランがあり、大浴場が男女それぞれ4つ、庭にある足湯が無料、会議室も無料、
など信じられないほど嬉しいことがたくさんあり、実際に確認しにいってくれたあきこさんも、大興奮して、
「もうここしかないです!」と言ってくれ、日本はなんといっても、宿が高いのが何につけてもネックになるので
宿が見つからなければあきらめることも考えていたところに、この夢のような旅館との出会い。
しかも、いつか夢に見た通り、会議の季節は春、桜の季節。そしてこの旅館の庭の真ん中には巨大な桜の古木が…
ここから、京都GCは一気に現実化に向けてどんどん勢いが増し、流れが始まったのでした。
立候補してからワールドワイド内で色々とあったために、
決定まで時間がかかり実際の準備開始は相当遅れることに
なりましたが、立候補3カ国の中で多数票を集めて日本は正式に、開催国決定。

早速、リーダーズ内や日頃活動に参加してくれている人などを含めて急遽協力者を募り、
京都(関西)と関東のメンバーを合わせて、ヤフーグループを使ってネット上に「京都GC準備委員会」を
設置したのはすでに12月に入ってからでした。
会議開催まであとわずか3ヶ月あまり!!
HTジャパン始まって以来の大イベントは、呼びかけに応じてこの委員会に入ってくれた、
総勢18名のメンバーによって準備がスタートしました。
【奇跡と偶然】
通常の「仕事」としてのイベントやカンファレンスなら手がけたことがある人も多い中で、
そういうものとまったく違った雰囲気や波動をかもし出しているスピリチュアルな人々、それも世界中から参加者が
集まってくる、1週間にもわたる長期の国際会議をどのように準備していくのか、私達は、しっかりと
アクションプランを立てるわけでもなく、とりあえず来たものから流していく、その都度必要なものを投げかけていく、
全身全霊で流れを信頼する気持ちで取り組む、楽しみながら新しいものを提案する、などという姿勢で一気に動き始めました。
最初は、一体どうなるのか、と思った瞬間もありましたが、不思議なことに、この準備の最初から最後まで、
まるでパズルのピースが一つ一つ見つかっていくように、そしてまた、一つ進むと一つ次の課題が順々に現れる
ゲームであるかのように、必要なものや人材、そして課題が次々と現れ、「適材適所」などということを考える
必要すらありませんでした。
たとえば、準備を開始してまもなく、旅館内の会議室付近ではインターネットができないことが判明し、
旅館の方にお願いして引かせて頂くにも、やはりそれなりの専門知識を持っている人が必要だということになり、
どうしよう、困ったね〜とつぶやく間もなく、なんと、彗星のように(本人はいたって普通に動いただけだと思っていると思いますが)、
NTTにお勤めのチームメイト、Y.A.さんが「お手伝いします」と、現れてくれたのです!
また、各国代表をホスト国として迎えるオープニングセレモニーで、私の個人的嗜好に基づく願望として、
和太鼓の演奏ができたら…と思っていたところ、京都のチームメイト、Y.J.さんが、お知り合いでプロの方、
それも女性3人組がいらっしゃるのでお願いできるとおっしゃって下さるではありませんか!
和太鼓といえば男性のイメージもまだ強い中で、今随所で起きつつつある、女神パワーによる変化をお見せできるなんて!
しかも、音が大きいので、問題は演奏場所だと思っていたら、なんと、旅館の方が同じ会議室を使って
OKとおっしゃって下さったのです!
このような、びっくりするような偶然/必然の連続は、まだまだあります。
聖護院の由緒あるお茶室が無料で使用できることがわかり、さてどうしたものか、いつもHT世界会議で、
各国プレゼンなどの合間に、スピリチュアル体験という時間があるので、日本の精神文化の一つとして是非、
茶の湯を体験してもらいたいけれど、プロの方にお願いするには予算が…などと言っていたところ、
やはり京都のチームメイトYさんが長年お茶をなさっていらっしゃるということで、講師を引き受けて下さったり!
また、宿泊費には朝夕食の2食は含まれてても、昼食までは含まれていません。そこが一番予算的に差が出るところ
だったのですが、外に食べに行ったり買い物に行くほどの時間的余裕がない…などの難点を抱えていたところ、
いつのまにやら、関西女性チームメイトを中心とする、「お昼チーム」が結成!!
会議は約1週間もあるのに、その日その日によって、手作りのウェルカムランチやら、サンドイッチ類の手配やら、
またさらに関東のあるリーダーからは、某○ッテリアの無料クーポンが大量に差し入れられるなど、
毎日、いつのまにか素晴らしいチームワークとフットワークで、ちゃんとどうにかなっていた、いえ、「していた」のです!
これらすべて、最初から全体像が見えていたわけではなく、まるで、優しく次ぎはこれだよ、と課題を与えられるかのようにして、
一つ一つ流れが進むに連れて「チーム」が自然な流れで出来上がっていき、最終的に、準備委員会として結成されたのは
以下のようなグループでした:
※ITチーム
※お昼チーム
※車両・送迎チーム
※ノベルティチーム(お土産や記念品、会議用バインダー作成など)
※ビザ書類等手続き援助チーム
上記のチームで一生懸命やって下さった中には、直接京都にはいらっしゃらなかった方々、
オンライン上だけでの参加だった方々もいます。
その他、「チーム」という形は取らずとも、個別に第三世界からのCCの金銭的サポートをして下さった方々や、
最終日の鞍馬日帰りツアーや、空いている時間を利用しての観光案内をして下さったチームメイトの皆さんや、
会議終了後も日本に滞在したいCC達のためのホストファミリーを努めて下さった方々、そして勿論、
これらすべてを可能にして下さった、多くの方々からの寄付金などなど、本当にすべてが、
あらかじめ頭で考えたのではとてもここまでは成し得なかったであろう、必然と奇跡の連続でした。
通常の「仕事」としてのイベントやカンファレンスなら手がけたことがある人も多い中で、
そういうものとまったく違った雰囲気や波動をかもし出しているスピリチュアルな人々、それも世界中から参加者が
集まってくる、1週間にもわたる長期の国際会議をどのように準備していくのか、私達は、しっかりと
アクションプランを立てるわけでもなく、とりあえず来たものから流していく、その都度必要なものを投げかけていく、
全身全霊で流れを信頼する気持ちで取り組む、楽しみながら新しいものを提案する、などという姿勢で一気に動き始めました。
最初は、一体どうなるのか、と思った瞬間もありましたが、不思議なことに、この準備の最初から最後まで、
まるでパズルのピースが一つ一つ見つかっていくように、そしてまた、一つ進むと一つ次の課題が順々に現れる
ゲームであるかのように、必要なものや人材、そして課題が次々と現れ、「適材適所」などということを考える
必要すらありませんでした。
たとえば、準備を開始してまもなく、旅館内の会議室付近ではインターネットができないことが判明し、
旅館の方にお願いして引かせて頂くにも、やはりそれなりの専門知識を持っている人が必要だということになり、
どうしよう、困ったね〜とつぶやく間もなく、なんと、彗星のように(本人はいたって普通に動いただけだと思っていると思いますが)、
NTTにお勤めのチームメイト、Y.A.さんが「お手伝いします」と、現れてくれたのです!
また、各国代表をホスト国として迎えるオープニングセレモニーで、私の個人的嗜好に基づく願望として、
和太鼓の演奏ができたら…と思っていたところ、京都のチームメイト、Y.J.さんが、お知り合いでプロの方、
それも女性3人組がいらっしゃるのでお願いできるとおっしゃって下さるではありませんか!
和太鼓といえば男性のイメージもまだ強い中で、今随所で起きつつつある、女神パワーによる変化をお見せできるなんて!
しかも、音が大きいので、問題は演奏場所だと思っていたら、なんと、旅館の方が同じ会議室を使って
OKとおっしゃって下さったのです!
このような、びっくりするような偶然/必然の連続は、まだまだあります。
聖護院の由緒あるお茶室が無料で使用できることがわかり、さてどうしたものか、いつもHT世界会議で、
各国プレゼンなどの合間に、スピリチュアル体験という時間があるので、日本の精神文化の一つとして是非、
茶の湯を体験してもらいたいけれど、プロの方にお願いするには予算が…などと言っていたところ、
やはり京都のチームメイトYさんが長年お茶をなさっていらっしゃるということで、講師を引き受けて下さったり!
また、宿泊費には朝夕食の2食は含まれてても、昼食までは含まれていません。そこが一番予算的に差が出るところ
だったのですが、外に食べに行ったり買い物に行くほどの時間的余裕がない…などの難点を抱えていたところ、
いつのまにやら、関西女性チームメイトを中心とする、「お昼チーム」が結成!!
会議は約1週間もあるのに、その日その日によって、手作りのウェルカムランチやら、サンドイッチ類の手配やら、
またさらに関東のあるリーダーからは、某○ッテリアの無料クーポンが大量に差し入れられるなど、
毎日、いつのまにか素晴らしいチームワークとフットワークで、ちゃんとどうにかなっていた、いえ、「していた」のです!
これらすべて、最初から全体像が見えていたわけではなく、まるで、優しく次ぎはこれだよ、と課題を与えられるかのようにして、
一つ一つ流れが進むに連れて「チーム」が自然な流れで出来上がっていき、最終的に、準備委員会として結成されたのは
以下のようなグループでした:
※ITチーム
※お昼チーム
※車両・送迎チーム
※ノベルティチーム(お土産や記念品、会議用バインダー作成など)
※ビザ書類等手続き援助チーム
上記のチームで一生懸命やって下さった中には、直接京都にはいらっしゃらなかった方々、
オンライン上だけでの参加だった方々もいます。
その他、「チーム」という形は取らずとも、個別に第三世界からのCCの金銭的サポートをして下さった方々や、
最終日の鞍馬日帰りツアーや、空いている時間を利用しての観光案内をして下さったチームメイトの皆さんや、
会議終了後も日本に滞在したいCC達のためのホストファミリーを努めて下さった方々、そして勿論、
これらすべてを可能にして下さった、多くの方々からの寄付金などなど、本当にすべてが、
あらかじめ頭で考えたのではとてもここまでは成し得なかったであろう、必然と奇跡の連続でした。
【共同創造】
これら、完璧以上のミラクルの連続の中で進められた準備が、とうとう、GC会議開催という形で
現実になる時が来たと実感したのは、各国CC達、WWメンバー達が、次々と飛行機の
到着便を知らせてくれ始めた時でした。
中でも、今回のGCの「スター」の一人は、連日の爆弾テロや、反政府の動きによって、
ビザ申請に行くだけでも何十時間も足止めをくらうなど、命を脅かされるほどの政情不安の
中、大変な熱意と希望を携えて、日本のチームメイトの方の援助によってようやく来日が可能になった、
ネパールCCのシャミーラでした。

私達は、彼女が来れるのかどうか連日ネパールからニュースが入るたびに一喜一憂して過ごしました。
同じアジアの仲間として、また、宗教を超えた平和を、という気持ちを誰よりも強く持ち、
行動に移しているシャミーラを応援したいという気持ちは皆一緒でした。
そのシャミーラが無事に来日、参加できたことは、本当に素晴らしい事実でした。
勿論、それが可能になったのは、シャミーラのスポンサーとしていち早く名乗り出て下さった
チームメイトの方がいたからこそです。
もう一人、今回は、遠く、アルゼンチンから、車椅子でやってきてくれたガブリエルさんがいました。
付添い人と二人でなければ来日できなかった彼もまた、HTジャパンのチームメイトの援助によって、
奇跡的に来日することができたのです。
ガブリエルさんの強い熱意と純粋なエネルギーは遠い海を越えて、日本のチームメイトと共鳴し、
素晴らしいハーモニーを奏でました。健常者でも大変な距離ですが、彼は付添の人と二人で、疲れをものともせず、
終始笑顔でいてくれました。
その他、各国から、資金をなんとか捻出して、とにかく参加するのだ、集まるのだ、
一緒の時間を物理的に体験し、その素晴らしいエネルギーを自国に持ち帰るのだ、という
決意の元、集まったのは、16カ国・30名あまり。会議としては決して多い人数ではないものの、
その意味合い、コミットメント、そうさせた個別の背景を考えると、それがこの日本で可能になったことが、
とてつもなく大きな流れを感じさせました。
会議参加国:
アメリカ、カナダ、イギリス、ウェールズ代表、アルゼンチン、
オランダ、ドイツ、イタリア、デンマーク、ポルトガル、ネパール、
南アフリカ、トルコ、ギリシャ、モルドバ、日本
これら、完璧以上のミラクルの連続の中で進められた準備が、とうとう、GC会議開催という形で
現実になる時が来たと実感したのは、各国CC達、WWメンバー達が、次々と飛行機の
到着便を知らせてくれ始めた時でした。
中でも、今回のGCの「スター」の一人は、連日の爆弾テロや、反政府の動きによって、
ビザ申請に行くだけでも何十時間も足止めをくらうなど、命を脅かされるほどの政情不安の
中、大変な熱意と希望を携えて、日本のチームメイトの方の援助によってようやく来日が可能になった、
ネパールCCのシャミーラでした。

私達は、彼女が来れるのかどうか連日ネパールからニュースが入るたびに一喜一憂して過ごしました。
同じアジアの仲間として、また、宗教を超えた平和を、という気持ちを誰よりも強く持ち、
行動に移しているシャミーラを応援したいという気持ちは皆一緒でした。
そのシャミーラが無事に来日、参加できたことは、本当に素晴らしい事実でした。
勿論、それが可能になったのは、シャミーラのスポンサーとしていち早く名乗り出て下さった
チームメイトの方がいたからこそです。
もう一人、今回は、遠く、アルゼンチンから、車椅子でやってきてくれたガブリエルさんがいました。
付添い人と二人でなければ来日できなかった彼もまた、HTジャパンのチームメイトの援助によって、
奇跡的に来日することができたのです。
ガブリエルさんの強い熱意と純粋なエネルギーは遠い海を越えて、日本のチームメイトと共鳴し、
素晴らしいハーモニーを奏でました。健常者でも大変な距離ですが、彼は付添の人と二人で、疲れをものともせず、
終始笑顔でいてくれました。
その他、各国から、資金をなんとか捻出して、とにかく参加するのだ、集まるのだ、
一緒の時間を物理的に体験し、その素晴らしいエネルギーを自国に持ち帰るのだ、という
決意の元、集まったのは、16カ国・30名あまり。会議としては決して多い人数ではないものの、
その意味合い、コミットメント、そうさせた個別の背景を考えると、それがこの日本で可能になったことが、
とてつもなく大きな流れを感じさせました。
会議参加国:アメリカ、カナダ、イギリス、ウェールズ代表、アルゼンチン、
オランダ、ドイツ、イタリア、デンマーク、ポルトガル、ネパール、
南アフリカ、トルコ、ギリシャ、モルドバ、日本
【試練は機会:ニール氏緊急来日決定】
着々と会議開催の準備が進んでいる中、あと数週間で実際にCC達が到着するという3月上旬のある日、
事態が急展開する、驚くべき出来事が上乗せされました。
私のパソコンに、朝起きると一通のメールが…
そこには、「ニールが、なんとかしてスケジュールをやりくりし、日本に行きたいと突然言ってきた。」と
ありました。
そして驚く間もなく、ニール本人からも、「無理はしなくていいが是非行きたい。」というメールが来たのです。
もう開催まで、あと、わずか3週間あまりしかないというタイミングで…
HTの創設者であるニール氏については、これまで遠隔でオンライン上で結んでのライブチャットや
インターネット使用のテレビ電話会議による参加をお願いするつもりで進めていました。
まさか、本人からこのような連絡があるとは思ってもみなかったのです。
この急な事態を受けて、ニール氏来日の諸経費は、来日中の特別講演を急遽行なうことで
出させてもらうことになったのですが、それもまた大変に急な話でもあり、大勢の人に来て
もらえるような会場を、京都がもっとも混む、桜の季節に、一ヶ月を切っている予約を入れて、
告知案内をするなどというのは無謀に近いことでした。
ところが奇跡的なことがまた起こり続けました。会場は、なんと、会議室を無料で提供して
くれていた宿でもある聖護院内で土曜日だけが空いていたのです。こんな混み合う時期
にしかも、願ってもいない美しい宿の中の会場が使えるなんて…!ところが、問題は
その会場の収容人数は100名が上限であることでした…ということは、講演会そのものの
単価は高くなることになってしまいます…
でも、私の頭の中に二つの場面が瞬時によみがえりました。
一つは、初めてニール氏の5日間のリトリートに参加した時のこと。
本来ニールは、少人数のグループにじっくりと語りかけたり、「対話」の形で一人一人の内面に深くせまり、
大きな変容を起こさせる、プロセスワークを得意としていて、彼のワークショップはそのような形で行なわれる時が
一番素晴らしい効果を発揮するということを、身をもって体験していた私です。
日本ではまだそのような機会がないので、「ワークショップのファシリテーター」としての
ニール氏の素晴らしさはまだ知られていない…
また、もう一つは、去年、別の団体の招聘で来日したニール氏を、帰りに空港まで送る車の中で
交わした会話のこと。
ニール氏の方から、「今度来日する時はHTジャパンの主催でワークショップをやりたい。」と言われ、
当時は立ち上がったばかりのHTジャパンがそのようなことができるとは思ってもいなかったので、
「いつかぜひ」とだけしか最初は言えませんでした。
でもニール氏は、「人数は100名以下がいい。一人一人の顔が見えて、ちゃんとメッセージが伝えられるもの。」
と具体的に話し始めました。
私はその時に、なぜか口から、「もしやるなら日本の古都、京都がいいと思う。
それも桜の季節なら尚更いい。日本のHTは京都がとても盛んだし、貴方はまだ伝統的な日本の旅館の良さを
知らないだろうから、宿泊もできればホテルではなくて旅館がいいと思う。
また、日本人は感情表現が上手ではないので、そこに焦点を当てられるよう、少ない人数で、
じっくり質疑応答ができたらいいと思う。」
などと、語っていたのです。
その二つを思い出した私は、今、このぎりぎりの状況で決断をせまられるという、一見、
とんでもない試練を与えられたかのようなこの出来事が、視点を変えると、
まるで、この時のニール氏との約束を果たすためであるかのような機会であり、すべてが願ってもいない
理想的な流れなのではないかと感じ、「これでいこう!」という気持ちになっていました。
GC会議だけでも、もう目前にせまった準備でパンクしそうだった私達にまたまた与えられた、
普通なら無理にでも実現したいはずのニール氏の来日、そして特別講演…。
私がやる!という気持ちになった時、そしてその気持ちをそのまま伝えた時、感動的だったのは、
CCチームを始めとする中心メンバー達も、まったく同様に、やる気で動く決断をしてくれたことでした。
特に、なんとしてでも実現するんだという想いで、その後の緊急の
航空チケットの手配やら、ハイシーズンの聖護院の宿にまだ空きがあるのかどうか、
ない場合他の人の部屋をせまくしてニール氏に泊まってもらえるのかどうか、など、
今思えば、本当に、信じられないほどせっぱつまった状況の中で、私達は、いつのまにか、
ニール氏来日に関する手配すべてを、たった数日間でやり終えてしまいました。
また、講演4時間、質疑応答付きという貴重な機会であるとはいえ、1万5000円という、
それでもぎりぎりの値段の参加費を払って下さった上に遠方からわざわざいらっしゃる方達も
いて、結果的に参加者は本当に100名ぴったり、そして経費もちょうどぴったり、という、
あまりにもシンプルな宇宙の法則の中で、この、HTジャパン始まって以来の
最大の試練=最大の機会は、最高のギフトとして私達に提供されたのでした。
着々と会議開催の準備が進んでいる中、あと数週間で実際にCC達が到着するという3月上旬のある日、
事態が急展開する、驚くべき出来事が上乗せされました。
私のパソコンに、朝起きると一通のメールが…
そこには、「ニールが、なんとかしてスケジュールをやりくりし、日本に行きたいと突然言ってきた。」と
ありました。
そして驚く間もなく、ニール本人からも、「無理はしなくていいが是非行きたい。」というメールが来たのです。
もう開催まで、あと、わずか3週間あまりしかないというタイミングで…
HTの創設者であるニール氏については、これまで遠隔でオンライン上で結んでのライブチャットや
インターネット使用のテレビ電話会議による参加をお願いするつもりで進めていました。
まさか、本人からこのような連絡があるとは思ってもみなかったのです。
この急な事態を受けて、ニール氏来日の諸経費は、来日中の特別講演を急遽行なうことで
出させてもらうことになったのですが、それもまた大変に急な話でもあり、大勢の人に来て
もらえるような会場を、京都がもっとも混む、桜の季節に、一ヶ月を切っている予約を入れて、
告知案内をするなどというのは無謀に近いことでした。
ところが奇跡的なことがまた起こり続けました。会場は、なんと、会議室を無料で提供して
くれていた宿でもある聖護院内で土曜日だけが空いていたのです。こんな混み合う時期
にしかも、願ってもいない美しい宿の中の会場が使えるなんて…!ところが、問題は
その会場の収容人数は100名が上限であることでした…ということは、講演会そのものの
単価は高くなることになってしまいます…
でも、私の頭の中に二つの場面が瞬時によみがえりました。
一つは、初めてニール氏の5日間のリトリートに参加した時のこと。
本来ニールは、少人数のグループにじっくりと語りかけたり、「対話」の形で一人一人の内面に深くせまり、
大きな変容を起こさせる、プロセスワークを得意としていて、彼のワークショップはそのような形で行なわれる時が
一番素晴らしい効果を発揮するということを、身をもって体験していた私です。
日本ではまだそのような機会がないので、「ワークショップのファシリテーター」としての
ニール氏の素晴らしさはまだ知られていない…
また、もう一つは、去年、別の団体の招聘で来日したニール氏を、帰りに空港まで送る車の中で
交わした会話のこと。
ニール氏の方から、「今度来日する時はHTジャパンの主催でワークショップをやりたい。」と言われ、
当時は立ち上がったばかりのHTジャパンがそのようなことができるとは思ってもいなかったので、
「いつかぜひ」とだけしか最初は言えませんでした。
でもニール氏は、「人数は100名以下がいい。一人一人の顔が見えて、ちゃんとメッセージが伝えられるもの。」
と具体的に話し始めました。
私はその時に、なぜか口から、「もしやるなら日本の古都、京都がいいと思う。
それも桜の季節なら尚更いい。日本のHTは京都がとても盛んだし、貴方はまだ伝統的な日本の旅館の良さを
知らないだろうから、宿泊もできればホテルではなくて旅館がいいと思う。
また、日本人は感情表現が上手ではないので、そこに焦点を当てられるよう、少ない人数で、
じっくり質疑応答ができたらいいと思う。」
などと、語っていたのです。
その二つを思い出した私は、今、このぎりぎりの状況で決断をせまられるという、一見、
とんでもない試練を与えられたかのようなこの出来事が、視点を変えると、
まるで、この時のニール氏との約束を果たすためであるかのような機会であり、すべてが願ってもいない
理想的な流れなのではないかと感じ、「これでいこう!」という気持ちになっていました。
GC会議だけでも、もう目前にせまった準備でパンクしそうだった私達にまたまた与えられた、
普通なら無理にでも実現したいはずのニール氏の来日、そして特別講演…。
私がやる!という気持ちになった時、そしてその気持ちをそのまま伝えた時、感動的だったのは、
CCチームを始めとする中心メンバー達も、まったく同様に、やる気で動く決断をしてくれたことでした。
特に、なんとしてでも実現するんだという想いで、その後の緊急の
航空チケットの手配やら、ハイシーズンの聖護院の宿にまだ空きがあるのかどうか、
ない場合他の人の部屋をせまくしてニール氏に泊まってもらえるのかどうか、など、
今思えば、本当に、信じられないほどせっぱつまった状況の中で、私達は、いつのまにか、
ニール氏来日に関する手配すべてを、たった数日間でやり終えてしまいました。
また、講演4時間、質疑応答付きという貴重な機会であるとはいえ、1万5000円という、
それでもぎりぎりの値段の参加費を払って下さった上に遠方からわざわざいらっしゃる方達も
いて、結果的に参加者は本当に100名ぴったり、そして経費もちょうどぴったり、という、
あまりにもシンプルな宇宙の法則の中で、この、HTジャパン始まって以来の
最大の試練=最大の機会は、最高のギフトとして私達に提供されたのでした。
【喜びを開く】
2006年3月23日。関西国際空港に続々と、世界各地のCC達が到着し始め、
夢が現実になり始めました。会議の本番前、打ち合わせとしての事前ミーティングは
私やあきこさんが夢見た通り、HT京都のHTセンターで行なわれました。
また、それに先立ち、会議の書類をはさむための手作りバインダーの仕上げ作業が
会議前の最後の作業としてHTセンターで行なわれました。
外側のバインダーは、CCチームメイトからの寄付、中身のしおりの役目も果たす、
日本語の【書】の数々はHT奈良のご夫妻の力作、茶道やオープニングセレモニーで
歌う「ふるさと」の日本語歌詞のアレンジなどはHT横浜のチームメイトが、
そして最終的に、すべての書類を一つのバインダーにまとめる作業を手分けして行なって
くれたのは、日本に着いたばかりの先着隊であるワールドワイド奉仕活動チームの
メンバー達でした。
自然で完璧な美しき共同創造でした。
こうした一人一人の想いや行動や在り方の積み重ねで、「神との対話」という、
たぐいまれなるメッセージに感銘を受けた世界中の仲間が集まる場が、
この日本において現実になりました。
オープニングセレモニーが行なわれる初日には、関西のチームメイトの女性メンバー中心の
ランチチームによる、手作りランチがビュッフェスタイルで提供されました。
その後、念願の太鼓演奏、体験演奏などで、「日本」を味わってもらい、
夜は、主にHTジャパンが主導で準備したオープニングセレモニー。
用意されたキャンドルを一人一人が手に持ち、心の中から、想いを一言、紡ぎ出して
その場に表現し、全員が一言を言い終わったところで、HT横浜チームメイトが
その場にある一体化したエネルギーを、一文字で表すという「チャネリング書」を
行なってくれ、その文字は、【開】という字でした。
それは、会議の間中、全員から見えるところに壁に貼られていました。

こうして、温かく、厳かに、美しい環境の中、GC会議は行なわれました。
(会議内容については、WW配信のニュースレターをご参照下さい。)
合間合間の、旅館の中庭にある無料の足湯での談笑、休憩、
決して広いとは言えない日本の旅館のお部屋の中で、何人もが布団を並べて
仲良く何日も過ごし、夜は、ゆったりと大風呂に入る日々。

最初はとまどっていた各国CC達なのに、いつのまにやら、まるでずっと前から
日本にいたかのように、旅館にも、日本のチームメイトにも、すべてに
なじんでいってくれました。
会議の合間に企画した茶道体験や、平安神宮散策、座禅体験などの企画も
スムーズに楽しんで頂けました。座禅の通訳はHT横浜チームメイトが行なって
くれました。
会議3日目の夜、ニール氏到着。
ニール氏来日は、そもそも、この会議に出席するのが主な目的です。
超多忙なスケジュールの合間を縫って、自らの意思でやってきてくれたニールを全員で大歓迎。
ちなみに、ニール氏はちょうど、夜の余興で「タレントショー」を催していた最中に
到着しました。各国、有志が各々のタレントを披露するこの余興で、HTジャパンの
チームメイト達の演出による二人羽織は大好評。
おなかを抱えて笑っていたニール氏が印象的でした。

今回の会議は主に、各国のHT活動の状況報告が主でしたが、
ニール氏が出席した短い時間では、本当に、彼の強い熱意と、真剣な想い、ビジョンに皆、心を打たれ涙しました。
「世界はリーダーシップを待っている。真のスピリチュアルなリーダー達とは、
『私についてきなさい』ではなく、『まず私からやりましょう』という奉仕のリーダーだ」という、
メッセージを熱く語るニール氏の姿勢は、数年前、HTを初めて立ち上げた頃のニール氏と
まったく変わらないものでした。
ニール氏も、思いのほか日本の旅館や食事を楽しんでくれたようで、
今回は何も特別扱いがないにも関わらず、本当にゆっくりできた、素晴らしい宿だった、と
絶賛していました。
すべての日程を終えた最後の日。クロージングセレモニーでは、会議参加者全員から、
HTジャパン・スタッフへの熱いお礼のメッセージを頂きました。
特に、会議の間も旅館にずっと泊り込みでいてくれ、何かとお世話に
走り回ってくれたり、余興や食事を一緒にした日本のチームメイト達に対して
心からの感謝と感動が何度も何度も述べられ、そのたびに大きな拍手でした。
会議中ビデオ撮影や無償どころか自腹で備品を提供して行なってくれた、
ITチーム・チームメイト達や、お昼ごはんの手配のランチチーム、備品を買いに行ったり、
観光の際の案内をしたりと何かと忙しかったHT京都のリーダー・タカさんを始めとする
車両、ドライバーチームなどなど、本当に気づけば大勢の人達が、自分のできること、
楽しめることを中心に自然発生的に手伝ってくれていたことが、外国の目からは、
「素晴らしいチームスピリット」として絶賛されました。
そして、本来なら、このクロージングセレモニーでこで終了だったのですが、
今回はニール氏講演というおまけつきです。

翌日の講演に向けて、音響設備なども持ち込まれ、本格的イベント準備が
待っていました。
ハイライトであるニール氏の講演当日、中心スタッフ達はその準備に追われる中、
その間には、関西でエネルギーワークを担当してくれている岡本さんを中心に、
鞍馬日帰りツアーが行なわれ、各国CC達には不思議なエネルギーの鞍馬山を大いに
楽しんでもらうことができました。
講演の音響を担当してくれたのは、これまた偶然という名の必然で
宇宙が出会わせてくれた、ラジオ局ディレクターのチームメイトです。
ニール氏の講演の場所まで押さえたところで、はて、ちゃんとした音響設備がないし
予算もないけれど、どうしよう…と思っていたところに、これまた彗星のように
奇跡のように現れてくらのです。
しかも、わざわざ自腹で京都までかけつけて、本業の仕事と同じことをボランティアで
やってくれるという涙ぐましい奉仕をしてくれました。
また、やはり奇跡の出会いの一つである、DJの岩本美千代さんが司会を務めてくれました。
講演会場に張られたバナーは、HT横浜のチームメイトからの寄付です。
HTのGC会議の大きなバナーは、ネパールCCのシャミーラの勤め先である学校からの寄付です。
本当に、小さなことから大きなことまで、何もかもがミラクルであり、しかも、
そこに終始愛が満ち溢れ、感謝と喜びの中で、次々と素晴らしい奇跡と共同創造が行なわれました。
勿論、終始愛に、とはいっても、て瞬間的にはどんな場合でもそうなように、
むずかしい場面や葛藤の瞬間は多々ありました。
けれども、気がつけば、ちゃんと流れている、そんなことの繰り返しだったように思います。
そんなエネルギーの中にあって、ニール氏も終始良い状態をキープできたようで、
素晴らしい講演ができた、特に、質疑応答など含め、日本人が、自分の感情や個人的問題を
しっかりと見つめ、向きあおうとしていることに、これまでとは違うスピリチュアルな成長を
見た、と、本当に感動していました。
私自身も、通訳を務めながら、会場に終始、共感の渦があったことや
ニール氏が普段の英語でのワークショップの時となんら変わらぬ様子で自然に話し、
質疑応答にもいつもの英語だけの時とまったく同じように誠実に、自然に行なってくれて
いたのを見て、本当に、ニール氏だけではなく来て下さった方達全員と一緒に創ったものだと実感しました。
(ニール氏特別講演の模様は、「スピリチュアルTV」でご覧頂けます。)
あの、車中でのニール氏との会話の中でふとよぎったイメージが現実になったことが、
そして、京都での開催をわけもわからず立候補した時が、ここに繋がっていたのかと思うと
なんともいえない感慨でいっぱいになります。欲を言えば、次回はもっともっと長時間、
深いプロセスワークを伴う本格的ワークショップをニール氏に行なってもらえたら、と思います。

2006年3月23日。関西国際空港に続々と、世界各地のCC達が到着し始め、
夢が現実になり始めました。会議の本番前、打ち合わせとしての事前ミーティングは
私やあきこさんが夢見た通り、HT京都のHTセンターで行なわれました。
また、それに先立ち、会議の書類をはさむための手作りバインダーの仕上げ作業が
会議前の最後の作業としてHTセンターで行なわれました。
外側のバインダーは、CCチームメイトからの寄付、中身のしおりの役目も果たす、
日本語の【書】の数々はHT奈良のご夫妻の力作、茶道やオープニングセレモニーで
歌う「ふるさと」の日本語歌詞のアレンジなどはHT横浜のチームメイトが、
そして最終的に、すべての書類を一つのバインダーにまとめる作業を手分けして行なって
くれたのは、日本に着いたばかりの先着隊であるワールドワイド奉仕活動チームの
メンバー達でした。
自然で完璧な美しき共同創造でした。
こうした一人一人の想いや行動や在り方の積み重ねで、「神との対話」という、
たぐいまれなるメッセージに感銘を受けた世界中の仲間が集まる場が、
この日本において現実になりました。
オープニングセレモニーが行なわれる初日には、関西のチームメイトの女性メンバー中心の
ランチチームによる、手作りランチがビュッフェスタイルで提供されました。
その後、念願の太鼓演奏、体験演奏などで、「日本」を味わってもらい、
夜は、主にHTジャパンが主導で準備したオープニングセレモニー。
用意されたキャンドルを一人一人が手に持ち、心の中から、想いを一言、紡ぎ出して
その場に表現し、全員が一言を言い終わったところで、HT横浜チームメイトが
その場にある一体化したエネルギーを、一文字で表すという「チャネリング書」を
行なってくれ、その文字は、【開】という字でした。
それは、会議の間中、全員から見えるところに壁に貼られていました。


こうして、温かく、厳かに、美しい環境の中、GC会議は行なわれました。
(会議内容については、WW配信のニュースレターをご参照下さい。)
合間合間の、旅館の中庭にある無料の足湯での談笑、休憩、
決して広いとは言えない日本の旅館のお部屋の中で、何人もが布団を並べて
仲良く何日も過ごし、夜は、ゆったりと大風呂に入る日々。

最初はとまどっていた各国CC達なのに、いつのまにやら、まるでずっと前から
日本にいたかのように、旅館にも、日本のチームメイトにも、すべてに
なじんでいってくれました。
会議の合間に企画した茶道体験や、平安神宮散策、座禅体験などの企画も
スムーズに楽しんで頂けました。座禅の通訳はHT横浜チームメイトが行なって
くれました。
会議3日目の夜、ニール氏到着。

ニール氏来日は、そもそも、この会議に出席するのが主な目的です。
超多忙なスケジュールの合間を縫って、自らの意思でやってきてくれたニールを全員で大歓迎。
ちなみに、ニール氏はちょうど、夜の余興で「タレントショー」を催していた最中に
到着しました。各国、有志が各々のタレントを披露するこの余興で、HTジャパンの
チームメイト達の演出による二人羽織は大好評。
おなかを抱えて笑っていたニール氏が印象的でした。

今回の会議は主に、各国のHT活動の状況報告が主でしたが、
ニール氏が出席した短い時間では、本当に、彼の強い熱意と、真剣な想い、ビジョンに皆、心を打たれ涙しました。
「世界はリーダーシップを待っている。真のスピリチュアルなリーダー達とは、
『私についてきなさい』ではなく、『まず私からやりましょう』という奉仕のリーダーだ」という、
メッセージを熱く語るニール氏の姿勢は、数年前、HTを初めて立ち上げた頃のニール氏と
まったく変わらないものでした。
ニール氏も、思いのほか日本の旅館や食事を楽しんでくれたようで、
今回は何も特別扱いがないにも関わらず、本当にゆっくりできた、素晴らしい宿だった、と
絶賛していました。
すべての日程を終えた最後の日。クロージングセレモニーでは、会議参加者全員から、
HTジャパン・スタッフへの熱いお礼のメッセージを頂きました。
特に、会議の間も旅館にずっと泊り込みでいてくれ、何かとお世話に
走り回ってくれたり、余興や食事を一緒にした日本のチームメイト達に対して
心からの感謝と感動が何度も何度も述べられ、そのたびに大きな拍手でした。
会議中ビデオ撮影や無償どころか自腹で備品を提供して行なってくれた、
ITチーム・チームメイト達や、お昼ごはんの手配のランチチーム、備品を買いに行ったり、
観光の際の案内をしたりと何かと忙しかったHT京都のリーダー・タカさんを始めとする
車両、ドライバーチームなどなど、本当に気づけば大勢の人達が、自分のできること、
楽しめることを中心に自然発生的に手伝ってくれていたことが、外国の目からは、
「素晴らしいチームスピリット」として絶賛されました。
そして、本来なら、このクロージングセレモニーでこで終了だったのですが、
今回はニール氏講演というおまけつきです。

翌日の講演に向けて、音響設備なども持ち込まれ、本格的イベント準備が
待っていました。
ハイライトであるニール氏の講演当日、中心スタッフ達はその準備に追われる中、
その間には、関西でエネルギーワークを担当してくれている岡本さんを中心に、
鞍馬日帰りツアーが行なわれ、各国CC達には不思議なエネルギーの鞍馬山を大いに
楽しんでもらうことができました。
講演の音響を担当してくれたのは、これまた偶然という名の必然で
宇宙が出会わせてくれた、ラジオ局ディレクターのチームメイトです。
ニール氏の講演の場所まで押さえたところで、はて、ちゃんとした音響設備がないし
予算もないけれど、どうしよう…と思っていたところに、これまた彗星のように
奇跡のように現れてくらのです。
しかも、わざわざ自腹で京都までかけつけて、本業の仕事と同じことをボランティアで
やってくれるという涙ぐましい奉仕をしてくれました。
また、やはり奇跡の出会いの一つである、DJの岩本美千代さんが司会を務めてくれました。
講演会場に張られたバナーは、HT横浜のチームメイトからの寄付です。
HTのGC会議の大きなバナーは、ネパールCCのシャミーラの勤め先である学校からの寄付です。
本当に、小さなことから大きなことまで、何もかもがミラクルであり、しかも、
そこに終始愛が満ち溢れ、感謝と喜びの中で、次々と素晴らしい奇跡と共同創造が行なわれました。
勿論、終始愛に、とはいっても、て瞬間的にはどんな場合でもそうなように、
むずかしい場面や葛藤の瞬間は多々ありました。

けれども、気がつけば、ちゃんと流れている、そんなことの繰り返しだったように思います。
そんなエネルギーの中にあって、ニール氏も終始良い状態をキープできたようで、
素晴らしい講演ができた、特に、質疑応答など含め、日本人が、自分の感情や個人的問題を
しっかりと見つめ、向きあおうとしていることに、これまでとは違うスピリチュアルな成長を
見た、と、本当に感動していました。
私自身も、通訳を務めながら、会場に終始、共感の渦があったことや
ニール氏が普段の英語でのワークショップの時となんら変わらぬ様子で自然に話し、
質疑応答にもいつもの英語だけの時とまったく同じように誠実に、自然に行なってくれて
いたのを見て、本当に、ニール氏だけではなく来て下さった方達全員と一緒に創ったものだと実感しました。
(ニール氏特別講演の模様は、「スピリチュアルTV」でご覧頂けます。)
あの、車中でのニール氏との会話の中でふとよぎったイメージが現実になったことが、
そして、京都での開催をわけもわからず立候補した時が、ここに繋がっていたのかと思うと
なんともいえない感慨でいっぱいになります。欲を言えば、次回はもっともっと長時間、
深いプロセスワークを伴う本格的ワークショップをニール氏に行なってもらえたら、と思います。

【次なるステージへ】

こうして、終始不思議なエネルギーに包まれ、何かのパワーに後押しされるようにして
流れを創りつつも流れの中にいた、京都GC会議とニール氏講演は幕を閉じました。
自然な流れだった、とはいえ、中心となって準備してきたメンバー達にとっては
どんなイベントでもそうなように、多大なるエネルギーを注いだ日々でした。
不思議なのは、すべてが終わった直後から、私を始め、中心メンバー達は、「燃え尽きた」というよりも
何か不思議な「達成感」と共に今度は、急激に、プライベートでの大変革を迎えたりする人が続出して、
感慨にひたるまもなく、それぞれの課題、それぞれの試練=機会に取り組まざるを得ない状況となってしまいました。
これまたびっくりするような個別の偶然の連続でした。
それもまた、今、振り返ると、あの時感じた大いなる一体感、不思議な偉大な力との一体感が「ひとつ」という感覚
だとするならば、そこからまた宇宙の必然の流れで、「個」へと散らばっていくように、
自然に起きたことであった気がします。
そう。「個」を体験するための魂の冒険が新たに始まったのですね、きっと。
そして私自身にとっても不思議なことに、会議開催前までは漠然と考えていた、「2年でCC(代表)交代」というビジョンが、突然現実味を帯びてきたのです。
一人の人間が長く代表を勤めるのではなく、不必要に組織化しない草の根運動で在り続けるために、また、
常に、「変化」をし続けていくために、その時その時最善のタイミングで準備のできている人に「代表」になってもらいながら
自治会のように「自治」が続いていけば…
私自身、自分がニール氏に言われて「立ち上げた」、「創設者」であることを重荷にも必要以上の責務にも、
逆に特権にも感じることなく、自然にこの運動に命が吹き込まれて歩き出すことを見守っていければいい。
そして、しばらく間をあけていた自分自身の仕事であるヒーリング・セラピーを始め、
個人的「豊かさ」のための時間や活動にフォーカスしながら、今度はまた「個」のステージとして、
ニール氏のもとで学んだワークショップなどを開催したりしながら、別な形、私なりの「新しい霊性」活動へ
シフトしてみよう、そんな気持ちになりました。
勿論、一チームメイトであり続けることに変わりはなくヒューマニティチーム=人間チームとして、
これからもずっと共に創造し、共に歩みつつ、また時期が来て準備ができていれば中心メンバーとして関わっていく可能性も
自由に育みながら、前に進んでいこうと決意しました。

次期CC(代表)の方が、必然のタイミングで現れ、またそれを可能にし支えあうことのできるCCチームを充実させる
動きをバックアップすることに当面力を注ぎながら、今、HTジャパンは新しいステージに入ったのです。
GC会議およびニール氏特別講演は、この、「新たなスタート地点」に繋がっていたのでした。
ここまで長文を読んで頂き、ありがとうございました。
これからも皆さんと、どのような方法、道、形であれ、共に、「ひとつ」を体現するプロセスを
大いに楽しんでいきたいと思います。
心からの感謝と喜びと共に…
2006年9月16日
HTジャパン・初代カントリーコーディネーター
早川映子
HTジャパン・初代カントリーコーディネーター
早川映子
